2006年06月03日

真田信繁

1615年6月3日(慶長20年)、真田信繁が大阪夏の陣で、徳川本陣に突撃し討死。49歳(1567年、誕生)。

真田昌幸の次男。通称、真田幸村。大阪の役での奮戦は「真田日本一の兵(つわもの)」と謳われる。真田十勇士や大阪脱出説など数々の逸話がある。
真田軍の壮絶な突撃に、徳川本陣の馬印が踏み倒されたと言われる。しかし数に勝る徳川軍に追い詰められ、四天王寺近くの安居神社で鉄砲頭西尾久作に討たれる。真田軍の奮戦は島津忠恒に「真田日本一の兵(つわもの)」と言わしめる。

この野戦で豊臣方の主要戦力は壊滅し、翌日落城する。真田信繁が豊臣秀頼を守り、大阪城を脱出したという伝説が残っている。


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